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カテゴリー「本(考えさせられる本)」の6件の記事

2011年10月20日 (木)

ヘヴン 2011年7月16日読了

さらに「痛い」です。この物語。

同じクラス内で苛められている二人の少年少女の話。

生々しくて残酷で、容赦ない描写。

「人生っていいな。この世の中はいいひとがいっぱいだな」

なんていう気持ちはばしーんと叩き落されるようです。

普通はこういう話、途中で投げちゃうんだけど、

でも、なんだか一気に読まないと気がすまなかった。

見たくないのに、見ざるをえないっていう感じ。

どうなってしまうのか、見届けないとしこりが残ってしまうような。



人生において起きる出来事に、意味はあるのか、ないのか。

いじめられっこ同士の会話には納得できる部分がたくさんある。

でも、いじめられっこといじめっこの対話は、

読んでいると頭がねじられるような感覚がある。

哲学的、という感じがした。

まったく違う価値観があって、決して交わらない。

ああ、この世の中には、分かり合えない人がいるんだな・・・

とちょっと絶望して・・・

どう言えば分かり合えるんだろう、と、

主人公と一緒になって考えたけど、答えが見付からなかった。


いじめられっこには、まるで処刑されるキリストのようなイメージがある。

なんだろう。

虚構の話ではあるけれど、

異質なものに対しての恐怖、

「支配者」と「被支配者」の間にいる、

状況に引き摺られてしまう大多数の人間、

決して分かり合えない価値観を持つ人々が暮らす社会、

その中でも成長していく子どもたち・・・

世の中で起こることは甘くないことを、目の前にがーんと突きつけられた感じ。

(それでもわたしは、「善い」方の人生を選びたいけど)

でも、決して突き放したままの理不尽な物語ではなくて、

そこここに、「救い」のようなもの、「希望」のようなものが見受けられて・・・最後まで読んでこそ、という話であると思う。

忘れようとしていた自分自身の思春期の痛み、

苦さを再度直視して、味わったような・・・そんな解放感がある。



こういう話を書く人って、さらーっと書けるんだろうか。

私は、きっと命を削って書いている気がする。

書くことで自分の心を傷つけて、傷つけて、それでもその人の、その人が信じる「現実」を書かずにはおられないような・・・

正直言って、こういう物語は好きじゃない。

でも、この本に限っては、もう読み返したくは無いけれど、

読んでよかったと思えるものだった。

ヘヴン Book ヘヴン

著者:川上 未映子
販売元:講談社
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2011年9月14日 (水)

シュガータイム 2011年6月19日読了

子どものからだのまま、成長を止めてしまった義理の弟、

ある日からぱったり連絡をくれなくなった恋人。

順調に見えた生活のわずかな綻びによって、

主人公はその食欲に異常をきたす。

体の変化はまるでないのに、食べる量が奇妙に増えていく・・・

彼女はその日一日食べたものを、ノートに記していくことにした。



小川さんの物語を読んでいると、

人というものは、静かに、淡々と生きているようで、

でも、貪欲にしたたかに、自分だけの幸せというか、

自分だけの人生の「道」のようなものをを追求しているものなのかと思う。

お互いへの優しさや愛情はもちろんあるけれど、

最終的にそれを裏切る事になっても、

自分の道を歩いていく、というより、

歩いていくしかない、というか・・・

誰かのために人生を捧げる、という言い方もあるが、

それも究極に言ってしまえば、その人生を自ら選択して、

その道を自ら歩いていると私は思う。

人は孤独である。

絶望の時も、誰かの救いの手があろうと、

結局は自分で這い上がるしかない。



小川さんの物語は、独奏が集まった不思議な合奏曲のようだと思う。

孤独な人達が集まって、一人ひとりが自分のメロディーを奏でているのだけども、

全体を見渡してみると、

ばらばらに見える1つ1つの旋律が絶妙に組み合わさって、

一つの美しい音の重なりになる。



これまで小川さんの本を読み続けてきたが、

今度は小川さん、その人自身に興味を持った。

こんな美しい物語をたくさん生み出せるのはどんな心だろう?

シュガータイム (中公文庫) Book シュガータイム (中公文庫)

著者:小川 洋子
販売元:中央公論社
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2011年9月10日 (土)

冷めない紅茶 2011年5月29日読了

痛い物語だと思う。

二つの別の物語が入っているのだが、

両方とも、どこか、自分が上、みたいな視線で物を見ている人が主人公。

愛した筈の人を心で軽蔑し、批判しながらも同居を続ける女性。

孤児院を運営する教会の一人娘として、孤児たちと一緒に暮らす女子高生。

2人とも、身近にいる誰かの純粋さや心の美しさにどうしようもなく惹かれているのに、

自分自身の衝動を抑えられず、結局何も得られないままの不満に満ちた生活を送っている。

その歪んだ隙間に揺られているうちに、

自分自身の醜さに足をとられ、そのぬかるみから出られなくなってしまう・・・

読んでいて、どうしてもハッピーエンドにはなりそうもないし、

どう考えても、こりゃ結末はどうなっちゃうのかね・・・なんてこわごわしながら、結局最後まで読んでしまった。

小川洋子さんの話は、心をつきさすようなことを、

いやらしくなく、わざとらしくなく、

でも、ずばっと躊躇い無く書いている。

目を閉じたくなりながらも、この心を突いてくる「痛さ」を最後まで味わえてしまうのが、すごい。

こういう風な話は、読んだ後になんとも後味の悪い思いをすることが多いのだけれど、

小川さんの話はなぜだか読めてしまう。

なんだか、自分の暗い部分を書いた本を読んでいるようで、

目が離せなくなってしまうのだ。

なぜだろうか?

この本はリンクがありません・・・

気になる方は、検索検索☆

2011年9月 2日 (金)

あのころの未来ー星新一の予言 2011年5月21日読了

短編を数多く手がけ、その普遍性で人気であった作家、

星新一。

この本では、彼の短編と、現代起こっているさまざまな社会現象・社会問題がいかにシンクロしているかを取り上げている。

いかなる時代、いかなる場所でも読めるように、

流行語や、その時代の風俗、国や宗教、個人等を特定できるようなものを極限まで削り取った星の文体は、

今読み返しても古さを全く感じない。

そして、この本の著者が取り上げるように、

星の描いた未来世界と、現代の、なんと似通っている事か。

クローン、臓器提供、環境破壊から、宗教、ロボットまで、

彼はまるで預言者のように、ぴたりとその情景、

取り巻く人々の状況まで言い当てているのがおそろしい。

彼の物語は、

最新の科学や、己の欲に振り回され、自滅していく人々に対して、

控えめな皮肉と苦言を呈しているように、わたしには思える。

学生時代、何かの教科書で、星新一の物語を読み、

何か、足元をすくわれるような、物陰から暗いものがじっとこちらを見ているようなそんな不安感、そこはかとない恐ろしさを感じたものだ。

その不安は、彼が言っているような事が現実に起きてしまうのではないかということ。
彼の物語の中の人々のように、普段の生活の隙間にできた、ひずみのようなものに、自分がはまってしまうのではないかということ。

その恐ろしさは、そのような予言が起きなければいいと思いながらも、どこかで、自らの愚かさにより、人間がその方向に進んでしまうかもしれないということをどこかで感じていたということ。

作中の星新一の写真。

広い額をした彼の眼はどこまでも澄んでいて、目の前ではなく、

現代のわたしたちよりもさらに先を見ているような気がした。

彼の眼には、未来が見えていたのか?

その秀でた額で、論理的に導き出した予測なのか?

それとも、あくまで想像でしかなかった彼の物語を、

我々は知らずに自らのものとして選択してしまったのだろうか。

最相さんの解説は、星新一の短編と相照らしあわす現代の時事についても詳しく書かれており、

世の中を分かる、という意味でもとても参考になる本である。

この本を読んで、何を思い、どう行動していくか。

いつも結局ここに辿り着くが、

それが大事なのだと思う。

あのころの未来―星新一の預言 (新潮文庫) Book あのころの未来―星新一の預言 (新潮文庫)

著者:最相 葉月
販売元:新潮社
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2011年5月12日 (木)

梅原猛の授業 道徳 2010年10月10日読了

哲学者・梅原猛氏が、中学校で行った道徳の授業。

権力者や大会社が人々を欺き、

子が親を、親が子を殺める現代社会。

彼はこれを、人々の道徳心の低下が原因だと語り、

仏教、儒教などの宗教、

それから自身が道徳の基本とする親の子に対する愛を芯に、

これからの世代が規範とすべき徳について説いている。

テキストを読んで、

「これこれはよくないと思いました、

これからこうしようと思います」

というような、紋切り型の道徳の授業を受けてきた私たち。

多くの人が、その時をなんとなく過ごしてきたといえると思う。

だが実際、

どうしてそれがいいことで、

どうしてあれが悪い事なのかということを考えると、

一般的にその道を外れないということだけで、

本当の意味での徳や戒(してはいけないこと)について理解していないことに気付く。

その点、梅原氏は「これはまだ完成していない」としながらも、

一定の理論によってその理由を明らかにしていて、

しかもそれが私にはしっくりくることが多かった。

また、日本人が愛国心をなくしていることについても、

教育勅語に戻って教育をせよというより、

明治時代に自らの財産を賭けて政治を行った当時の政治家のように

現代の政治家たち、権力者たちが自らを戒め、

利他の精神を取り戻すことが、

なによりこの国の若者に国を愛する心、

そして道徳心を呼び戻すことになろう、

というようなことを言っている。

梅原氏・当時77歳。

私だったらもう、浮世のことは忘れてのほほんと生きている頃と思う。

だが、その年でなお、現代を憂い、

また、若者たちに素晴らしい未来を残そうと奔走する。

そのエネルギーや、志の高さに驚嘆すると共に、

そこまでに深刻な状況に日本は来ているのかと残念に思う。

最近、サッカー選手がPKを失敗した事で、

その両親が槍玉にあげられたというニュースを聞いた。

この国はどこか間違っている・・・と思わざるを得ない昨今。

美しい四季があり、壮大な歴史を持つこの国が、

外からではなく、自らの品位の低下や愚かさによって内部から滅びそうな気がしてならない。

国外にいる自分があれこれ言う事ではないと思うが、

大衆がどう動いているかより、結局は自分自身がどうあるかということ。

「関係ない」と片付けずに、

一人ひとりが自覚を持って考え、行動することが必要と思う。

梅原猛の授業  道徳 Book 梅原猛の授業 道徳

著者:梅原 猛
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その後、日本で起きた東日本大震災。

さまざまな美談を通して、日本人のよさがまだ失われていない事が分かり、たくさんの人が感動し、またそこから大きな活動が生まれてきたことが素晴らしいと思う。

その影で、まだ、心が痛むような事件が起きている事も事実。

どんな時代でもいろんな価値観があり、色んな人間がいるのが当たり前だと思うし、一般的に見た「善き」にせよ「悪き」にせよ、価値観が1つに固まるのは、他の価値観を排除することになる可能性があり、長じて排他的思想になるという点を考えると必ずしもいいことではないと思うが、今、日本が何かを学ぶ必要があるからこそ、これだけの大きな事が起きたのだと私は思っている。

それぞれの人が何を思い、どう行動するかが、これからの日本のターニングポイントになるかと思う。

2011年4月24日 (日)

私たちが死刑評決しました。

カリフォルニア州の平和な田舎町で暮らす、

妊娠8ヶ月の妻が失踪。

彼女とおなかの中の子供が無残な姿で発見されたのは、

彼女の夫が釣りをしに行っていたという浜辺だった・・・

全米を巻き込んだこの失踪・殺人事件の裏側を、

この裁判の陪審員達の側から描いた真実の物語。

普通に暮らす普通の人々が、

裁判の評決を下す・・・

この重み、この苦しさ。

裁判に関わった人々は、評決が終わった後も、

トラウマやフラッシュバック、

または見知らぬ人々や知り合いに裁判について面白半分に聞かれることに悩んでいるという。

日本では始まったばかりの裁判員制度。

裁判後のアフターケアとして、

無料カウンセリング等を検討しているらしいが、

このケースでは、陪審員の彼らにカウンセリングはなく、

(確か、この市か州にそういう制度がないため)

監禁状態に近い裁判期間の後、

まるで打ち捨てられたように現実に戻される彼らの苦悩が痛々しい。

誰が巻き込まれるか分からない、このシステム。

選ばれなかった他の人は好き勝手に騒ぐが、

これはたまたまその人が今回は関係がなかった、

というだけの話であり、

いつかは自分に同じような状況が降りかかるかしれない、

ということを完全に忘れている。

好奇心のままに騒ぎ、詮索する周りの人々は、

そのことを愚かなほどに露呈しているということだ。

裁判員制度が始まったことで、

これから私たちは裁判沙汰になる事件について、

今までと違った見解を求められていると思う。

ニュースを見ながら、

これはどこか知らないところで起きた、

なんだか分からない事件だ。

と言って無関心ではいられないということだ。



人が人を裁く、ということの信じられないような重み、

それから、

時に自分の人生さえも覆すような判断を突きつけられることへの、

もがきたくなるような苦しさ。

そういうものに圧倒された本である。

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